うぐいすだにミュージックホール


1975年早春、魔人社音楽工房取締役で作詞担当の吉田君が、彼の大学の後輩で、ラジオ局ニッポン

放送の傘下である音楽出版社パシフィックミュージックパブリシャーズ(PMP)のプロデューサー

の及川氏を、魔人社の応接室兼視聴室にお連れし、作者に引き合わせてくれた。元より吉田君から

PMP制作部の人が、おもしろい曲を探している、と伝えられていたので、この日作者は、学生時期

に作り溜めた「おもしろい歌」のデモテープを持参していった。及川氏によると、深夜番組「オー

ルナイトニッポン」で人気絶頂のパーソナリティー・笑福亭鶴光への楽曲を提供してほしく、もし

も既存曲に恰好なものがなければ、新たにアテガキ(その歌手のために新曲を書く)をしていただ

きたいとの事。早速持参のオープンリールを回したところ、「刈谷ミュージックホール」のところ

で、「これ、いいね!」となった。いちおう作者オススメの曲「哀愁のラブホテル」などもお聞か

せしたが、やはりこの呼び込み入りの「へんな演歌」が一番ふさわしい、という事で、すみやかに

提供曲が決定。そのままそのオープンリールを及川氏が持ち帰り、社内制作会議にて同意を得る。

数日後の打ち合わせで曲名を変更しようと数人で相談し、やはり山手線の駅名のどれかが良いとい

う事で、作者が「それなら鶯谷がエッチな感じではいちばんですよ」と申し上げると、居合わせた

人の半分ほどがキョトンとしている。すると吉田君が「ああなるほどね、うぐいすの谷渡りかあ〜」

と膝をたたいた。ご理解できない読者は、ネットで「四十八手」とかなんとか検索すれば、頰が赫

らむかと存じます。

発売は5月末予定、録音はニッポン放送の1st 、オケは2チャン同録。リズム体も弦もラッパも、

「せーの録り」(せーの、で一緒に演り始める)で録音。作者も、小学生の頃から保持していた鈴

を片手にマイクの前に座ったが、絶対に間違えられないので、スッゲー緊張しました。そういえば

この鈴の音、山本正之が商用レコードに吹き込んだ、最初の楽器音ですね、スタジオミュージシャ

ンデビュー。

歌詞の内、「見凝らすお客が」を、もっと必死な観客風景にということで「食い入るお客が」に、

「明日は鶴見か船橋か」を、関西地方の名所も入れようと、歌い手ご本人の“大阪ヌード劇場考察”

に従い「明日は天満か船橋か」に、そして「ヌードダンサー特出しさん」が、ある違法行為を表現

しているので、「踊り娘さん」に修正。

録音当日、笑福亭鶴光師匠は、たゆまぬ稽古をされたのか、天賦の才能か、はたまた日頃の修練の

賜物か、ほとんどイッパツオッケーであった。歌唱は1、2箇所パンチインで直したかも、だが、

呼び込み(場内アナウンス)は、見事にイッパツでハめました。調整室全員で「さすが」と唸った。

その後、ニッポン放送とPMPの作戦で、このレコードのことは番組では一言も発せず、ポスター等

の宣伝材料もまったく作らず、発売日の2、3週間前(作者の記憶)だったかに番組内のCM直後

の、ジングル♪オールナイトにっぽーん、のあと、2秒ほど空白時間があってから、いきなりこの

「うぐいすだにミュージックホール」のイントロのラッパが流れ出し、そのままフルコーラス続け、

アウトロ最後の♪ちゃっちゃランチャちゃん のあとまたCMが入り、明けると笑福亭鶴光が何事も

なかったように、まったく違う話を始める。、こんな事を2週か3週続けて、やっと発売直前に、

番組内で「実はレコード発売です」と告知した。狙い通り、ものすごい量の問い合わせが押し寄せ、

電話対応をした局員も「さあ〜、よくわかりませんが」と答えていたらしい。販売枚数や有線放送

のリクエストの頻度など、大ヒットの様子は読者の耳目に至ったとおりである。